私は天使なんかじゃない






馬鹿女









  くすぶり続けた結果、それは最悪な形で世界に具現化した。
  エンクレイブ襲来との比較?

  むしろエンクレイブよりもたちが悪い。





  「は」
  白衣の女性Dr.マジソン・リーは沈黙の後、しばらくして口を開いた。
  その後に続く言葉。
  それは……。
  「ははは。まさか私を疑っている?」
  「ええ」
  「馬鹿げてる」
  「でしょうね」
  扉近くに寄りかかっているソノラ。
  レギュレーターを統括する冷酷な女性。
  腕組みをしているが腰にある44マグナムが強い主張をし、ソノラ自身の物騒な空気とともに存在感を示している。
  「私が水絡みの犯人?」
  「ええ」
  「本気で言ってる?」
  「ええ」
  「馬鹿げてる」
  「でしょうね」
  ほぼ同じやり取りをした後、Dr.マジソン・リーは一歩後ろに引いた。
  ソノラは動かない。
  ちらりとDr.マジソン・リーは寝室の扉を見て、視線を再びソノラに戻した。
  「博士、もしも気に食わないのであれば携帯している銃を使えばいい。別に不義ではない。それがウェイストランド風だしね」
  白衣のポケットには護身用にデリンジャーが忍ばせてある。
  ポケットの膨らみからソノラはそれを見越していた。
  とはいえ別に銃の携帯はおかしなことではない。それもまたウェイトランド風だ。
  「私はこれでもインテリよ、意味のないことはしないわ」
  「意味がない、とは」
  「撃つ意味がない。私は潔白なんだからね。何か誤解しているようね、ソノラさん」
  特に深い付き合いはない。
  ただ、要塞で行われた会議の際に会った程度。
  エンクレイブにジェファーソン記念館が襲撃され、Dr.マジソン・リーたちが要塞に逃げた後にソノラたちも要塞入りし、その時にすれ違い程度はしたが当時は特に面識があったわけでもない。
  だから。
  だからDr.マジソン・リーはソノラの人柄をよく知らない。
  ソノラの冴えた、冷たい視線を見ながら感情を読み取ろうとしている。
  「世間は動いている、止まることはない」
  「えっ?」
  ソノラが切り出す。
  感情を読み取ろうとする相手の行動など何の興味がないように。
  事実興味がなかった。
  「水の絡みは世間を揺るがした、BOSが会議を呼び掛けるほどに」
  「ええ、そうね、大変な事件だった」
  「しかしそれも終わった」
  「そうよ、その通りだわ。なのにどうして今更私が犯人などという、それも滅茶苦茶な理論を……」
  「エンクレイブが北部に再侵攻を始めたわ、キャピタル・ウェイストランド全土攻撃の足掛かりの為に。BOSはその対応に余念がないし、三日前まではストレンジャー絡みで世間が騒がしかった」
  「一体何を言いたい……」
  「世間は動く、いつまでも水の絡みに留まらない。もう話題にも上らない。でも私たちレギュレーターは違う。どこまでも悪を追う、決して忘れない」
  「……」
  「安心してた? もう大丈夫だって」
  「失礼な人ねっ!」
  「本来なら即射殺する。とはいえ今回はそれはしない。何故だと思う?」
  「さあね」
  ソノラは冷たい視線を向けたまま。
  逸らさないようにDr.マジソン・リーはその視線を受けている。それからDr.マジソン・リーは微笑した。察したのだ、理由を。
  「証拠がないからね?」
  「その通りよ」
  「あるわけないわ、私は犯人ではないもの」
  「それは違う。あなたが犯人よ。状況証拠が一揃いあるのよ、普通なら殺してる。ここまで状況証拠とはいえ揃っていれば悪党。もしもあなたに罪を被せる気でやったのであれば、凄いことだわ」
  「いいえ簡単な話。あなたが見当違いなだけよ」
  「そうかしら」
  「お帰り願うわ」
  「どうせ見当違いなんでしょ? 少しぐらい聞いてほしいわ」
  「……普通なら殺してる?」
  「おや言葉尻を捕らえるのが上手い。そうよ、ある程度の身びいきの感情があるのは確か。ミスティの身内同然の人を状況証拠だけで殺すのはね。自分でも驚き。こんな感情が、自分にあるとは」
  「なら尚更お引き取りを。自分の感情に正直になるべきだわ」
  「聞くだけでも嫌ってこと?」
  「ふぅ。延々と付きまとわられても嫌だから、さっさとして。実験があるのよ、忙しいのよ」
  「ええ、そうさせてもらうわ」
  椅子にDr.マジソン・リーは座る。
  ソノラにも勧めるが彼女は微笑しただけ。
  「まずこれは結論。FEV入りの水はあなたの仕業」
  「違う」
  「次に動機。嫉妬」
  「嫉妬?」
  「あなたの経歴を調べたわ。念入りにね。Dr.マジソン・リー。浄化プロジェクトの初期メンバーの1人。ミスティの両親であるキャサリン、ジェームスの3人でプロジェクトを立ち上げた。そうよね?」
  「ええ。それが何か?」
  「あなたはジェームスを愛していた」
  「はあ? 突拍子もないわね、それが動機? あのね、私自身も浄化プロジェクトのメンバーなのよ、どうしてわざわざその成果を破綻させるFEV混入の水を……」
  「メンバーだけどあなたは発案者ではない」
  「どういうこと?」
  「誰にでも綺麗な水を。それが発案者の、ほんの些細な、それでいてとても重要な言葉だった。その発想が浄化プロジェクトの始まりだった。重要ではあるが子供じみていた。ダイタルベイスンの
  水を浄化する、まず不可能だからだ。いいえ当時では絶対に不可能だった。だけどそれをジェームスは受け入れ、奔走し、BOSの後ろ盾も得るに至った。何故ジェームスはそこまでした?」
  「知らないわ」
  「それはジェームスがキャサリンを愛していたから。そして2人は次世代の為にそれを実行しようとした。あなたは横恋慕した、違う?」
  「確かに恋愛感情はあったかもね、そこは否定しない。でも無理があるでしょう?」
  「無理?」
  「何十年も前の話よ、昨日今日の話じゃない。今になってこんなことする? 当時そこまで画策できる? それを今になって実行? ありないでしょう?」
  「そうかしら」
  「そうよ」
  確かに。
  確かに無理がある。
  だがソノラは動じずに口を開いた。
  「では切り口を変えてみましょう」
  「そんなことよりDr.アンナ・ホルトを探した方がいいわ、彼女はシークレットボルトから大量のFEVを手に入れている。彼女が犯人、危険だわ」
  「あなたはジェームスを愛していた」
  「……」
  こちらの言い分に全く反応せずに話を進めるソノラに困惑する。
  ソノラは続けた。
  「キャサリンが邪魔だった、だから消したかった」
  「そんなことは……」
  「元々ジェファーソン記念館はスーパーミュータントの巣窟だった。BOSの支援で一掃、しかし奪還の為に襲撃され、一時奪還された。その際にキャサリンは赤いスーパーミュータント、俗に言う
  ジェネラル種の血液を大量に浴びてFEVに感染、死亡。娘であるミスティは細胞レベルで適応し、生き延びた」
  「そうだわ。それが?」
  「襲撃の際の防備の穴をあなたが作ったとか? キャサリンを殺す為に?」
  「心外だわっ!」
  「ええ、謝る。これに関しては完全に私の推測。だけど他のことに関しては状況証拠がある。あなたが犯人だと確信してる」
  「時間の無駄ね」
  立ち上がろうとするもののソノラは許さない。
  目でそれを制した。
  白衣の科学者は浮かせた腰を下ろす。
  「あなたはキャサリンが憎かった」
  「憎くないわ」
  「でも好きではなかった」
  「それは、まあ、認める」
  「キャサリンさえいなければジェームスが自分のものになる、とまで考えたかは知らない。でもキャサリンを殺す方法をあなたは用意していた。そしてそれがジェームスを死なせる方法となってしまった」
  「はあ?」
  「制御室よ、浄化プロジェクトのね」
  「どういうこと?」
  「システムを稼働させるパスコードを打ったら制御室に閉じ込められ発生する放射能で死ぬ、データを引き抜こうとしたり修正しようとしたら核爆発を起こす、その爆発を止めるにはパスコードを打
  たなければならない、でも打ったら閉じ込められて放射能で死ぬ、果たしてこれはただのシステム的なバグ?」
  「知らないわ、そんなこと」
  「しらばっくれるの? いいけど、レギュレーターの情報収集能力を甘く見ているわね。メガトンでルーカス・シムズ宅で言ったはずよ、システム設計をしたのは自分だって」
  「……」
  「そこら中に我々の目であり耳はある、甘く見ないことね」
  「……」
  「浄化プロジェクトはキャサリンの発案、そしてジェームスは彼女を愛していた。完成したらどうすると思う? 彼女に託すでしょうね、起動を。罠だとは知らずに。もっともその前に亡くなってしまったけれども」
  「当時の私の限界よ、あれは。故意じゃない。大体っ!」
  「大体?」
  「未熟な私の失敗を詰りたいだけなのっ! あの後、ジェームスは研究を捨てて娘と去り、BOSも手を引いた、私1人ではどうしようもなかった。私だけの所為じゃない、私にはシステムの不具合を
  修理する時間も猶予も与えられなかった、私の所為じゃないっ!」
  「いいえ、あなたの所為だわ」
  「何ですって?」
  「あなたはキャサリンの娘であるミスティを殺す機会を得たのだから。そしてそれを望んでた。そうじゃなきゃ来なかったはずよ」
  「はあ?」
  「エンクレイブが」
  「わ、私が内通したとっ!」
  「それに関しては後で説明するけど、呼んだのはDr.アンナ・ホルト。でも情報提供をあなたもしたと私は踏んでいるわ」
  「根拠は何よ、根拠はっ!」
  「ミスティの報告書は私も読んだわ」
  BOSに提出された、ミスティの旅の書。
  冒険全てが記されているわけではなくエンクレイブ絡みでミスティが見たこと、聞いたことが記された報告書。
  閲覧は自由で各勢力は望めばコピーを取り寄せることが出来る。
  ソノラもまたそれを持っている。
  そして熟読した。
  「報告書が何? 私も読んだけどそんなことは書かれていなかったわ」
  「レイブンロックでの一件。クリスティーナはオータムに対してミスティの身柄要求を求めていたことが書かれている。でもオータムは最初にミスティを殺そうとしていたわ」
  「えっ?」
  「ジェームスに起動させる材料として殺そうとしていた。おかしいでしょう? クリスティーナの要求を無視してた? かもね。でもボルト87では殺さずに拉致している、必ずしも殺したがっている
  わけではない。では何故最初に無視したのか。クリスティーナの要求を無視した、パスコードを彼女だけが知っているとは思わなかった、父親を従がわせる為のハッタリ」
  「……」
  「あなたとオータムが顔見知りだった。万が一の際はあなたがいれば事足り取るオータムは考えた」
  「違うっ! 私じゃないっ!」
  「あなたとオータムを結ぶ材料はまだあるのよ、博士。報告書。ジェファーソン記念館の決戦の際のオータムとの問答。そこではエデンがミスティをどうしようと思っていたかの問答がある。知ってる
  わよね、あなたも読んだんだから。そこでオータムはこう言っているわ、エデンはミスティにミュータントを皆殺しにさせたがっていたと。前の奴はへたれたからと。前の奴、それは誰かしら」
  「……私だと?」
  「その可能性が高いわ。ただの人間には無理。ある程度の知識があり、浄化システムに近付ける人間でないとね」
  「Dr.アンナ・ホルトに決まってるじゃないっ!」
  「違う。彼女はレイブンロックのエデン自爆に巻き込まれている。生きていたようだけど。でも、少なくともミュータント皆殺しにへたれたわけではない。へたれる前に爆発に巻き込まれた」
  「彼女はエンクレイブに内通していたのよっ! 彼女よ、彼女だわっ!」
  「違わないけど若干の修正をするわ。あなたが彼女にエンクレイブの存在を匂わせた、あなたが彼女を実は影で動かしていた、エンクレイブを呼び込むことを想定してね」
  「違う」
  「全部あなたの計算通りってわけね。大したインテリだわ」
  「違うっ!」

  ゴト。

  勢いよく立ち上がり椅子が倒れた。
  「何なのよ、何なのよこれはっ! 私は犯人ではないわっ! 大体、動機は何っ!」
  「嫉妬。捻じ曲がった嫉妬。あなたはキャサリンが憎かった、その娘も嫌いだった、自分を認めなかったジェームスを憎んでもいた、ある幸せな家族に対しての、嫉妬のなれの果て」
  「根拠は何よっ!」
  「あなたはFEV入りの水をキャピタルに蔓延させる一種のサイクルを作り出した。グール向けのウルトラジェットが量産され、ジェット販売で暴利を貪っていたグラートギャングが失墜、そいつらに
  リベットの給水隊を襲わせ、悪党どもの中立地点であり誰も近付かないジャンクヤードに運ばせ、そこでグール排斥主義のテンペニータワー残党にFEV水の生成、各地へのばら撒きを指示」
  「知らないわ」
  「テンペニータワー残党にはBOSに万が一捕捉されたらCOSと名乗れとも指示してた。BOSはこれに動揺し、要塞は一時機能停止した。あなたへの通じる道が閉ざされた。BOSは満足な調査すら
  できなくなった。これはあくまでもあなたの逃げ道確保であって、連中の逃げ道ではなかったわけだけどね」
  「根拠がない」
  「どうしたのインテリさん、顔色が悪いわ」
  「何を言おうと証拠がないし、私はそもそも犯人ではない」
  「では聞きなさい。私の戯言を」
  「後でリオンズに報告するわ」
  「ご勝手に」
  「それで、続きを言いなさい」
  「そうさせてもらうわ。グラートギャングから水を買い取るキャップをあなたは自分の発明品を売って得ていた。と言っても放射能発生器とか危険な代物。あなたを尊敬していたガルザという
  男性はそれを誰かによる横流しだと思い込み、調査し始めた。それを知ったあなたは毒殺した。ジェリコを使ってね。ジェリコはあなたと、あなたが作り出した組織のパイプ役」
  「ふふふ、馬鹿ね。ダンヴァー司令よ、彼を雇い入れたのは」
  「ダンヴァー司令は怯えていた、横流しに過敏だった。でも横流しに関係していたからじゃない、自分の職責になるのを恐れていた。それだけの話。ジェリコはそれを煽ってた、あなたの指示で」
  「パノンはどうなのよ」
  「彼自身リベットシティの使い込みをしていたし水の横流しをしていた。聖なる光修道院にね。そしてあなたも使い込みをしていたんじゃないの?」
  「ありえない。ナンセンスだわ」
  「いいえありえる。研究馬鹿にありがちなことだわ、金銭感覚に疎い。グラートギャングは1本100キャップで水を買い漁ってた、水を奪うように扇動したレイダーたちからね。発明品を売りまくっ
  たって追いつく額じゃない。パノンはパノンで使いまくってたから気付かなかったんでしょうけど、誰かが気付けばあなたも破滅してしまう。だからパノンを失脚させた、ダンヴァーを使って」
  「私が密告してパノンの不正を暴いたと? そんなの報告書にないわ、根拠がない」
  「あなたは実は焦っていた」
  「えっ?」
  「要塞での会議よ。少し前なら考えられなかったこと。BOSが諸勢力に話し合いを求めることも、それに応じることも。だからあなたは身代わりをたくさん用意した。Drレスコ、Dr.アンナ・ホルト、パノン、
  利害の一致で操っていた聖なる光修道院、アトム教団、グラートギャング、テンペニータワー残党、全てを捨てた。組織は統率を失い、個々の理念で動き、全部潰れた。でも」
  「でも?」
  「でもあなたはやり過ぎた。ぼろが出てしまった。Dr.ピンカートンすらも悪党に仕立てようとした。黒幕だと。連邦を名乗ったアンドロイドの出現はパノンをその気にさせて逃亡させる為。その連邦製
  のアンドロイドの顔をハークネスにしたのはピンカートンの差し金だとする為。ハークネスの顔は彼の整形によるもの。彼が疑われ、黒幕とされる。でもそうじゃなかった」
  「……」
  「笑える話。BOSはピンカートンが有能過ぎるからどんどん仕事を宛がって、そんなことする暇がない。何よりリオンズは彼を相談役にまでする厚遇。あなたは軽率だ」
  「……」
  ソノラは壁から離れて歩く。
  Dr.マジソン・リーの横を通り過ぎ、寝室の扉を開けた。

  「お帰りマジソン。俺は君が待ち遠しかったよ、そろそろ一緒に……」

  バタン。
  最後の言葉が聞こえる前にソノラは扉を閉める。それから彼女に向き直った。
  「あなたはアンドロイドをパノンに奪われたと言わなかった?」
  「別のタイプよ」
  「本当に? だったらDr.ピンカートンに頼めば分かるわ。あなたにもアンドロイドを整備する技量はない、だからアンドロイドは一括で彼が整備している。登録版番号見れは分かるんじゃない?」
  「これは、プライバシーよ」
  「大人の玩具は、まあ、そうね。プライバシーだわ」
  寝室にいたアンドロイドは全裸の男性。
  顔はアーミテージ型ではない。
  かといってハークネスでもない。
  その顔は……。
  「声に聞き覚えがある。ミスティが提出した父親ジェームスの音声データのコピーとそっくり。あなたのアンドロイド、メガトンに行った際の護衛もしてたわね。あの時の声と同じかは分からないけど
  ブッチ・デロリアはアンドロイドの声に反応した、とアッシュから報告されている。会ったことあるかとも。その時点でジェームスの声なのかしら? 少なくとも顔は写真通りジェームス」
  「……」
  「高価な大人の玩具ね」
  「……楽しい? 私の性癖を馬鹿にして楽しい?」
  「気持ち悪い。それだけ」
  「……っ!」
  「ここで問題が出るわ。あなたは微調整だけで整形は出来ないんじゃなかったの? まあいいわ。愛の力ってことにでも。問題はそこじゃない、あなたは依然としてアンドロイドを所持している、そして
  支配している。これが重要なのよ。あなたは評議会でハークネス似のアンドロイドに撃たれた。心臓の下を。内臓と内臓の間を通り抜ける形で。ハークネス似は行方不明。あなたは整形が出来る」
  「……」
  「ここから導き出される答えは何かしら? ああ、補足。アンドロイドは正確無比な射撃ができる。内的器官を極力傷付けないように撃つのは出来ないことではない」
  「……」
  「Drアンナ・ホルトは完全に別の敵。いずれは消す。けど今回のことには関わってない。彼女ならFEVを使う。でもあなたのはエンクレイブ製じゃない? 改良型FEV。ミュータントだけを殺す性質。
  だからボルト101のブッチ・デロリアは飲んでも死ななかった。当たり外れがあるのは与えられた改良型の量が少ないから。システムに秘密裏に混入させるのにドラム缶数個分とかありえないし」
  「……」
  「以上の点から私はあなたを犯人として疑っているけれど、何か反論は?」
  「……」
  「あなたは動き過ぎた。それがミス」
  「……」
  「Dr.マジソン・リー」
  「あーあ、勝ち誇れて嬉しい?」
  口調が変わる。
  荒々しく髪をかき上げてソノラを見据える。
  「認めるのね?」
  「確かにキャサリンもティリアスも目障りだった、ジェームスのことは愛していたけどつまらない男だった。そうよ、私に見向きもしなかったわけだからね。だから寝室のジェームスは完璧なの。彼は
  私だけを愛している、優しいし私しか見ない。そうよ理想のジェームスを私が作り上げた。それがいけないこと?」
  「理想?」
  少しソノラは考える。
  それから笑った。
  「私ならサイズをもう少し大きくするわ。あれじゃお子様だもの」
  「馬鹿にしてるのっ!」
  「観点がずれてる。大人の玩具の話じゃないはずよ」
  「何でもいいのよ、あなたは私を絶対に殺せない。誰にも殺せるものかっ!」
  「根拠を教えてくれない?」
  「私は天才だからよ。人狩り師団って知ってる?」
  「人狩り……ああ、ラストレイダー」
  大規模組織化された最後のレイダー組織、というのがBOSを始めとする認識。ラストレイダーとはBOS側の呼称。
  拠点、リーダー、ともに不明。
  「それが何?」
  「キャピタル・ウェイストランドは変わりつつある。安定期に入ってる」
  「その認識は私も同意する。それで?」
  「地下から這い出して来たり流れてきたり。そこら中から人が集まりだしてる。人を食っている連中とか、食料不足で人を食わなければならない連中とか」
  「食料問題は死活問題ね」
  ソノラは答えながら考える。
  人狩り師団はレイダーとしての略奪以外に、そういった連中に人の肉を売るべく行動している。だから人狩り師団と呼ばれている。
  繋がりがあるのか、Dr.マジソン・リーと。
  そこまで考えたが口にはしなかった。
  さすがにあの手の連中とつるむタイプではないと踏んでいるからだ。とはいえDr.マジソン・リーをレイダーとは別の意味で危険だと認識している。
  むしろたちが悪い方の部類だ。
  「私はね、土壌を必要としない食料を生産している。その目処が立ってる。水は浄化された、でも土壌の浄化はまだ早くても十年は改善されない。私はそれを飛び越えて解決策を生み出した」
  「土壌を必要としない? それはすごい」
  素直に認める。
  実際、それが成り立つならすごいことだ。
  「分かった? 私を殺したら世界の再建が遅れることになる。あなたは正義の味方ぶってここで延々と喋っていたけど無駄なのよ。世界は天才を求めている、分かったかしらお馬鹿さん」
  「それが勝ち誇る理由ってわけね」
  「そうよ」
  「だとしたら甘い。我々は正義さえ成されればそれでいい。その先のことなんて考えてないわ」
  「は、はあ?」
  「悪党は黙って死ねばいい」
  「あ、あなた、どうかしてるわっ!」
  「お互いにね。クレイジー同士、親交を高めましょう」
  後ろずさるDr.マジソン・リー。
  壁に背が当たった。
  だがソノラは動かない。
  「わ、私を殺したらティリアスが黙ってないわっ!」
  「ティ……さっきも言ってたけどミスティのこと? だとしたら問題ないわ。殺したら痕跡は残る、それは私も分かってる」
  「だったら……」
  「だったらここで殺さなければいい」
  「い、嫌よっ! 私にはまだやることがあるの、私は世界を救うのよっ!」
  「さようなら」
  数分後。
  ソノラはDr.マジソン・リーを組み伏せ、手足を拘束し、ハンカチに染み込ませていた即効性の麻痺薬で自由を完全に奪った。
  その後扉を開いてアッシュとモニカを部屋に入れて運ばせた。
  運ぶ手筈は整っている。
  新本部立ち上げの物資調達の為に大きな木箱を複数用意してある。
  それにDr.マジソン・リーを詰め込み本部まで運ぶという寸法だ。
  アッシュが朦朧としている博士を引き摺る。
  「ソノラ」
  「何かしらモニカ」
  「寝室の、その、アンドロイドはいかがしますか?」
  「そうね」
  少し考えソノラは笑う。
  「欲しいのならモニカに譲るわ」
  「はっ? い、いえ、いりませんっ!」
  「サイズが小さいから?」
  「確かにそれは不満ですが……ソノラ、何を言わせるんですっ!」
  「博士と熱愛のようですから本部に戻ったら一緒に埋めてあげなさい。博士もアンドロイドも本望でしょう」
  アンドロイドに人格はない。
  少なくとも量産タイプであるアーミテージ型は人格チップがない。あくまでも機械的な思考で自由思考ではない。
  「アッシュ、モニカ」
  「はいソノラ」
  「Dr.マジソン・リーはリベットシティのごたごたを嫌い出て行った、その類の噂を流しなさい。複数。部下たちにそれを通達。この状況だしリベットシティは指揮権をBOSに委ねてまともに統制されて
  いない。そしてあながち出奔も考えられないことではない。博士の始末は任せます。私に報告する必要はない。私は感情表現豊かで顔に出やすいので、ミスティにばれてしまいますからね」
  「ぶふぉーっ!」
  思わずアッシュが噴き出す。
  手で去れと合図すると恐縮しつつアッシュは退室。モニカも続く。アンドロイドは黙って付いて行く、拘束された博士の後を追って。
  誰もいなくなった博士の私室にソノラが1人。
  目を閉じる。
  ソノラはミスティのことを考え、彼女が博士を叔母のように慕っていることを考えた。
  基本ソノラは冷静で冷徹。
  それは変わることはないと自分でも思っていた。
  だが何かの感情がわきあがる。
  それが一体何なのかソノラ自身にも分からなかったが苛立たしく呟いた。
  「馬鹿女」
  テーブルの上のファイルを苛立たしく払いのけた。
  今、博士に対してどす黒い感情があることを、ソノラは心のどこかで感じていた。